上原拓先生のアフリカ(タンザニア・ザンジバル)便り
上原拓先生のアフリカ(タンザニア・ザンジバル)便り その10
2015-06-01
「ボクたちは大会に出たい」選手の姿勢で決意
ベースやポジションの位置をすっかり覚え、内野ゴロや外野フライでアウトになるプレーについてもだいぶ理解してきた選手たち。
しかし、三振や四死球のこと、また、スリーアウトで攻守を交替することなどについてはまだ教えておらず、そろそろ試合を想定した練習も取り入れなければと考えていた頃、主要都市ダルエスサラームにあるタンザニア野球連盟から一本の電話が入った。
「12月に第2回タンザニア甲子園を開催します。タンザニア全土から全5チームが集う野球大会です。ザンジバルチームは出場しますか?」
もちろん試合をさせてあげたい気持ちはあったが、ルールの理解度や技術レベルの未熟さという現実問題への不安が拭えず「練習を始めてまだ一ヶ月なので試合にならないと思います。
今年の出場は見送ります」と答えたものの、実際に野球の試合を見ることの出来る絶好のチャンスを逃したくはない。
そこで私は選手たちにこのような提案をしてみた。
「12月、ダルエスサラームで野球大会があると連絡があった。
でもキミたちは練習を始めたばかりだから大会には出場しない。
しかし、野球を見ることの出来るせっかくのチャンスだ。
そこで、5名だけを試合見学に連れて行こうと思う」。
するとキャプテンのカリムが、すっとみんなの前に出て口を開いた。「Taku, Tunatakakuwenda mashindano!! 」(タク、僕たちは大会に出たい!)」。
それにつられるかのように他の選手たちも続く。
返答に困り果てた私は、しっかりとしたスワヒリ語で選手たちを説得してもらおうと思ってオスマン先生に助けを求めた。
すると、彼までもが「連れて行ってあげてくれ」と言い出した。
私は「ちょっと待て、簡単に言うな!」と、思わず日本語で返してしまった。
まだストライクゾーンも知らない、フォースプレーとタグプレーの違いについても分かっていないこの状況で、無責任なことを簡単に言うオスマン先生に腹が立った。
結局、きちんと説得も出来ずにモヤモヤした気持ちのまま、その日の練習を終えた。
翌日、ウォームアップからキャッチボール、ゴロやフライの捕球、ルールの勉強と練習を続けていく中で、私はある変化に気が付いた。
練習メニューはいつもと同じだが、声のかけ方や、捕球や送球に対する気迫、コーチ陣の話を聴く時の真剣さなど、野球に取り組む姿勢そのものが違っていたのだ。
それが大会を意識したものであることは明らかだった。
「ボールを捕った後はどうする?」「打った後はどこまで走っていいの?」と積極的に質問してくる選手たち。
そんな彼らを見ていると、だんだんと不安は消え去り、私の気持ちは自然に大会出場の方向へと変わっていった。
練習終了後、タンザニア野球連盟に連絡した私は「やはりザンジバルも大会に出場させてもらえませんか」と改めてお願いした。
大会を意識することで目を輝かせた選手たち。
目標や希望を持つということが、私たちにとってどれほど大切なことなのかを改めて気付かせてくれた気がした。
しかし、ルールの理解度も技術レベルも未熟すぎることに変わりはない。
彼らが大会に出たいと言ったのは無知による怖いもの知らずであったかもしれないが、それでも彼らは自分たちの意志で前に一歩踏み出そうとした。
頭ではまだ無理だと判断していた私であったが、やはり、彼らの思いに応えない指導者にはなりたくない。
私も、自分のハートに従って大会出場を決意したのだ(上原 拓)。
中部商(0対12糸満)、興南(0対8那覇商)。
野球部が新設されて初めて出場した全国高校野球選手権沖縄県大会での、各校初試合のスコアだ。
近年甲子園へ出場した鹿屋中央(鹿児島県)や、2年前に全国準優勝した延岡学園(宮崎県)だって最初の試合は同じようなスコアだった。
相手次第では、完膚なきまでに叩きのめされるかも知れない。
中にはその状態を見て「だから言わんこっちゃない。
まだ時期尚早なんだよ」と意見を放つ人もいるだろう。
弱ければ倒されるのがスポーツの世界。
だが、先人たちがその一歩を踏み出すことなくして、中部商や興南、鹿屋中央、延岡学園の後輩たちが、甲子園の土を踏むことは無かった。
目標や希望は、必ずしも叶うものではないのかも知れないが、それを持って取り組んできたことは、チームにとっても、そして個人にとっても決して、無駄にはならないのだ。
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