上原拓先生のアフリカ(タンザニア・ザンジバル)便り
上原拓先生のアフリカ(タンザニア・ザンジバル)便り その6
2015-05-15
活動への賛同者とザンジバル珍事件
練習開始から少し経った頃、青年海外協力隊の先輩隊員である斎藤淳司さん(PC教師)と沢谷洋平さん(理学療法士)がコーチとして練習を手伝いに来てくれるようになった。
野球を知っているコーチが3名になったことで、それまで出来なかった練習が可能になった。
しかも、1年も前からザンジバルで生活してきた彼らはスワヒリ語を話すことが出来るのだ。
強力なコーチ陣を迎え、チームの練習は日を増すごとに充実していった。
捕る…投げる…打つ…走るという野球に必要な基礎動作は、コーチ陣が手本を見せることで、選手たちは比較的簡単にマスターしてくれるのだが、やはり一番苦労したのはルールを理解させることである。
例えば、「打ったバッターは一塁へ走るのだぞ!」「内野手はボールを捕ったら一塁へ投げるのだ!」「もし、一塁手がボールをキャッチしてバッターより早く一塁ベースを踏んだら、そのバッターはアウトになるのだ!」と説明すると、「コーチ!アウトって何ですか?」という顔をしている。
するとまた私たちは「うーん…アウトというのはだな…」と、更に掘り起こした説明を続けるのである。
ただでさえ数が多く、それでいて複雑な野球のルールを、試合も見たことのない素人集団にスワヒリ語で説明するのだから、苦労するのも当然である。
ほんの少しでも進歩したら大喜び、そうかと思えば初歩的なミスにがっくり肩を落とす…毎日がそれの繰り返しだった。
フライをキャッチ出来たらバッターがアウトになるということを覚え、フライを捕るノックを一ヶ月ほど続けていたある日、こんなことがあった。
選手たちのほとんどがフライをキャッチ出来るようになり、「みんな捕れるようになったな!すごいぞ!」と、コーチ陣はみんな大喜びでノックを終えた。
バッティング練習に移り、最初のバッターにはアリ選手が立った。
初球を思い切り打ち返したアリ選手に「おーっ!ナイスバッティング!」と声を掛けた瞬間、アリ選手は一切の迷いもなく三塁へ全力疾走したのである。
コーチ陣は皆で大笑いしながらも、一気に全身のチカラが抜けてがっくりした瞬間だった(笑)。
また、ルールの問題以外にも私たちの想像を超える事件は起きた。いつもロボットのような動きで、滑らかさの欠片もないフォームで投げていたラシッド選手。
日頃のキャッチボールを見ていても、10m以上は投げることが出来ず、どのようにアドバイスしたらいいか悩むほど。
コーチ陣の間では「どうしようもなく野球センスのないヤツ」というイメージで見ていた。
しかし、楽しそうにプレーしているので、野球のことを好きになってくれたらそれでよかった。
ある日、グローブを持たずにファールボールを取りに行ったラシッド選手が、レフトのファールグラウンドから内野手まで軽々と投げ返したのだ!そう、彼は左利きだったのである。
偶然それを見ていたコーチ陣は非常に驚いた。
本人に確認してみると、「グローブというのは左手にするものだと思っていた」とのこと。
日本でもそうだが、右利きの方が左利きよりも明らかに多い。
ということでグローブも右利き用のものを多く準備していた。
左利きがいるかもしれないという考えはあったが、それを確認しないまま練習を続けていた私の大きなミスである。
その翌週から左利き用のグローブを使い始めたラシッドは、現在、ザンジバルのエースピッチャーである。
長い手足を活かして滑らかなフォームでダイナミックに投げるその姿はまるでメジャーリーガーのよう。
私自身の気付きの無さ一つで彼の才能が埋もれたままになっていたかと思うと非常に怖い。
いつかザンジバルからタンザニアのエースへ、更にアフリカのエースへと成長してくれることを期待している。
「左利き用のグローブはありませんか?」野球に慣れ親しんでいる日本人ならそう言うだろう。
野球を全く知らない彼らだからこそ出てくる課題がある。
内容は大小様々だが、どんな壁にぶつかろうとも、その度にコーチ陣4名でしっかりと相談し合い、選手たちの実情に応じて試行錯誤しながら練習を進めていくことが出来れば、私たちに乗り越えられない壁は無いはずである(上原 拓)。
野球はチームプレーだ。外野の奥へ打球が飛んだ、追う選手、カバーする選手、中継に入る選手、投げるのは二塁上か三塁上か?それが僅か8秒前後(打者走者が二塁へ到達する時間)から12秒前後(同じく三塁へ到達する時間)で行われる。
もちろん試合中では無理だが、練習の中でなら「今のプレーは試合の中で通用するだろうか?」と、キャプテン以下みんなで相談して進めることは出来るだろう。
ひとりひとりが違う方向へ向いているチームでは、感動を起こすようなプレーは望むべくもないが、それぞれ全く違う個性がひとつとなったとき、それまで乗り越えられなかった壁を突破することが出来るのだ。
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