比屋根 渉(東京ヤクルトスワローズ)

比屋根 渉(東京ヤクルトスワローズ)

つばめ進化とともに渉進化へ!東京ヤクルトスワローズ比屋根 渉外野手

2016-02-15

昨シーズン、主に1番打者として活躍した比屋根渉。トップバッターとして一番大切な得点数は、山田、川端、畠山、雄平に続くチーム5位。東風平中学で県大会優勝、沖縄尚学で春夏連続甲子園出場を果たしてきた比屋根渉。沖縄野球界を象徴する元祖スピードキングにお話を伺ってきた。

与えられたチャンスをものに

當山キャンプが始まりましたが、状態はどうですか?

比屋根 「まだ最初なので、まだ分からない状態ですけど。第3クール辺りから試合も入ってきますし、そこに照準を当てていく立場なので。」

當山去年の成績を振り返りますと、全然納得いく数字では無かったでしょうが、キャリアハイを残しています。7月15日から約1ヶ月と半分ほど、ずっとスタメンとして出場していったわけですけど、何かきっかけがありましたか?

比屋根 「そうですね。ホントシーズン最初の頃は打てなくて。あえてターニングポイントとするならば、広島戦。雄平さんとミレッジがぶつかったことがありまして。」

5月23日の広島戦。ヤクルトは2回に4点を奪ったが、その裏に2点を返されると4回、一死一・三塁とされて梵の当たりは左中間へ。打球を追ったレフトのミレッジとセンターの雄平が激突してしまう。二者に生還され逆転を許したあと、負傷退場となったミレッジに代わり比屋根渉がセンターに就いた。

比屋根 「相手が左投手ということもありましたので、自分が出させてもらったのですけど。ここで打てなかったらファーム行きだぞという覚悟を持っていました。まぁそこで2本打てて。ここから調子が上がっていきました。後半戦の頭からスタメンで行けるとは思って無かったですけど、チャンスをら与えられたからには自分の出来ることをやっていこうと思った結果がそうなったのかなとは思います。」

5回、先頭打者として打席に立つもサードゴロに終わったが6回、一死満塁で4番畠山がライトへ運ぶ逆転打。ここで広島は先発のジョンソンを諦めて右の今村へスイッチするも、ヤクルトベンチはそのまま比屋根を打席に送る。

その期待に応えるかのように、3球目を逆らわず右方向へと持っていき繋がると、中村の2点タイムリー、山田の3点タイムリーなど打線が爆発し大量8点を奪った。比屋根はさらに7回、今度は引っ張って左中間を破る二塁打を放つなど、3打数2安打と活躍した。

當山今度は守りについて聞かせて下さい。安定していないと言われつつも昨年は無失策でした。

比屋根 「そうですね。そこはもう、昨年のキャンプからコーチの福地さんにずっと教えてもらっていたので。自分の役割を考えると(守備固めでの出場)そこを目指してやっていかないといけなかった。その結果として残せたのは良かったと思いますね。」

このインタビューのあと、比屋根は特守として福地コーチの元へ。

あいにくの雨で室内練習場の中ではあったが、外野へ転がってくる打球を想定して福地コーチがボールを転がす。「人は、自分の苦手なところは早く動かしてしまう。ゆっくりとしたポジションからボールを掴んで、トップを作りつつ投げる方向へ体を入れる。これをゆっくりとやるんだ!」と福地コーチ。

腕立て伏せでも腹筋でも、早く動かすと回数をこなせるものだが、ゆっくりするとこれがキツイ。プロで4年間戦ってきた比屋根の表情が、徐々に曇り始めていく。「お尻の筋肉がキツイだろ!でもそれが良いんだよ」と福地コーチが比屋根に檄を飛ばしていた。

個人の盗塁数よりチームのための得点率

當山今度は比屋根選手にとって武器のひとつでもある足、盗塁に関してですが、数が減ってしまったことで、心配するファンもいるかと。

比屋根ずっと1番を打たせてもらっているとき、2番は首位打者を獲った慎吾でしたからね。ヘッドコーチの三木さんにも(待てと)言われてましたから。行けるときに行ってくれればいいからと。」

比屋根が出ると、相手にとっては脅威となる川端(首位打者)、山田(トリプルスリー)、畠山(打点王)と続く打線。チームとしても無理して盗塁を企画せずに、打者に任せた方が得点率は上がる。それが昨年のヤクルトだったのだ。

比屋根「慎吾が打ちやすい環境を作ってあげられればいいなと思ってやってました。相手投手がバッターに集中することのないように、僕に気を遣ってもらって。隙あらば走るぞと。盗塁数に関しては6個ということで満足はしていませんけど、生還率は高かったので。後悔は無いですね。」

當山自分の役割を考えたとき、打点だなんだというよりも、いかに得点数を上げるか。

比屋根「そうですね。1番バッターということで、チャンスメークを多く作ることが大切ですから。去年はそれが出来た。今年はそれにプラス、打率も残していきたいなというのはありますね。」

自らのバットで決めた14年振りのリーグV

當山僕らファンにとっては、スタメンで比屋根の名前がスクリーン掲示板に出続けたのも嬉しかったのですが、何より嬉しかったのがクライマックスでの巨人戦でした。第3戦までは代走と守備固めの出場でしたが4戦目にスタメン。監督さんからはいつから行くぞと?

比屋根「いやあの。当日でしたね(苦笑)。でも基本、試合に出ていないときも準備はしている。(3戦終わって1安打の)上田も調子が良くなかった。出番が来るぞと自分の中ではあったので、(今日1番だからなと)急に言われても大丈夫でしたね。」

1回裏、右中間への二塁打でベンチの起用に応えた比屋根は、山田のタイムリーで生還。さらに2回、二死三塁で打席が回ってくると、フルカウントからの6球目をセンター前に弾き返し打点を挙げた。結果的にこの比屋根の3点目が決勝点となり、ヤクルトは巨人を下し14年振りのリーグ優勝を果たしたのだった。

比屋根「自分の1年目にもクライマックスシリーズにチームは出場しているのですが、そのときはケガしててベンチにも入っていなかったという悔しさがありました。」

阪神戦で金本(現阪神監督)選手の打球をダイビングキャッチしたものの、左大腿肉離れで戦線離脱してしまったのだった。

比屋根「プレイヤーとしての僕にとっては初めてのシリーズ。実はグラウンドに立ってから凄い緊張していたのですが、表の守りで向こうが3人連続して外野フライ。(レフトフライとライトフライの)カバーリングで行き過ぎというくらい走って。その心地よい疲れがあっての打席というのが、緊張をほぐしてくれて良かったのかなと思いますね。」

當山これまでよりはずっといいシーズンだったが、今季は外野手の補強があったりと更にチーム内での競争も激化してきます。

比屋根「真中監督からは直接何も言われてないのですけど、記事を見ると自分の名前も挙げてくれてる。センターというポジションをしっかり獲りにいって。仮にそれが出来なくても僕に出来る仕事はある。そこをしっかりやるだけだなと思ってます。」

當山最後に今季の抱負と、沖縄の野球ファンに対してメッセージをお願いします。

比屋根「今年はセンターが固定されていませんし、レギュラーとして1年を通してやっていきたい思いはあるので、そこをしっかり狙っていきたいなと。優勝したときのビールかけは凄い楽しかった。

またやりたいなという思いはあるので、チームが優勝出来るようにしっかり自分の役割を果たしていきたいなと思います。自分は余り有名では無いですけど皆さん、陰ながらでも構いませんので自分のことを、選手としてはもちろん、人間としても応援してもらえるように頑張っていきますので、よろしくお願いします。」

この日の取材で初めて比屋根選手にお会いしたが、言葉や表情からあふれる優しさが印象的であった。それは比屋根選手のチームへの愛、チームへの献身的なものを感じさせるものでもある。余り有名では無いと謙遜するが、リードやプロフィールを見て頂けると、節目節目でチームを勝利に導いてきたのがお分かりになろう。

バレンティン、ミレッジ、雄平、上田に加え、今季は阪口と鵜久森を補強した外野陣。だが比屋根選手には、守りと足は誰にも負けないという自負がある。

加えて昨年の成績(※)で見せた積極性も、武器のひとつとなるだろう。ヤクルトの2016年スローガンは「燕進化」。沖縄のスピードスターが、神宮の、そして日本のスピードスターとなるように。さらなる「渉進化」にも繋がるように。それがチームの果たせなかった日本一という目標にも近付くのだから。

チバリヨー!渉!

Profile

比屋根 渉 (Hiyane Wataru)

1987年6月20日東風平(現八重瀬)町生まれ。
東風平中学、沖縄尚学を経て城西大の4年秋季リーグ戦で打率.421をマークし首位打者。
日本製紙石巻ではチーム初となる都市対抗野球大会出場に貢献。2011年ドラフト3位で東京ヤクルトスワローズへ入団した。
2015年、試合数、打席数、安打数、得点数など多くでキャリアハイとなる数字を残した。180Cm70Kg。右投右打。28歳。
2013年3月、千尋さんと結婚した。

2015年比屋根 渉ファーストストライク打撃成績

初球 .314(35打数11安打)
1ボール .35020打数7安打)
2ボール .6676打数4安打)
1s-3b .667(3打数2安打)
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